Vol.14 「女性のキャリアに立ちはだかる壁を次世代に残したくない」強い使命感を持って道を切り開き続ける凄腕ママ

Vol.14 眞野美加

家族構成:夫、娘(小3)※義母(車で10分の距離)

職種:地域コーディネーター(今年2月より)

勤務体形:フルタイム


ママ・女性・地域・防災など、様々な活動をされている眞野さん。

ご自身がキャリアを築く上で経験してきた壁を、次の世代にも「今我慢すればいいよ」で終わらせるのではなく、負の連鎖を止めようと、自ら行動し、今もなお切り開き続けています。今回は眞野さんに、ママ・働く女性としての想いやこれまでの活動について、語っていただきました。



■現在のお仕事・ご経歴を教えてください。


今年の2月から一般社団法人ワカツクで地域コーディネーターとして、主に地元中小企業がそこに働く人を含めて元気になるために『女性・若者・シニア人材の採用・定着支援』の企画やイベント、セミナー講師や学生と経営者が6か月間、本気でプロジェクトを回す「就活のためじゃない」「右腕としての」長期実践型インターンシップのコーディネーターとして働いています。


以前は皆さんがよく知っている某FF(ファストフード)店で高校1年生のころから22年勤めていました。アルバイトから入り、23歳で店舗責任者になりました。色々な事情と、タイミングの悪さで正社員にはなれなかった私は、言わば準社員・アルバイトリーダーという役職のまま着任しました。

実際は、店長が他店舗と兼任で「名前だけは」存在していたんです(笑)ただ、正直 理想とかけ離れた店舗で着任初日から、唖然としました・・・もう、無法地帯で。

そこから、人格が変わったように彼らとガチンコで(笑)


2年目を迎える頃にはお店の雰囲気も成績も、評価も一気にトップレベルになりました。

高校生が96%のお店で、ほとんど退職する人もいなくなって店舗の総合評価で全国2位

になった事もあります。アルバイトが店舗責任者としての運営が全国で初だったということ順調に利益も出し育成もできていたこともあり、アメリカの本部から視察に来られたくらいでした。


採用と育成、店舗マネジメント全般を務め一時期はヘルプ含め3店舗かけもちでやっていて、子どもが産まれた後も年に2回の繁忙期は家にはお風呂に入りに帰るだけ、みたいな生活を送っていました。

転職した今でも、仕事だけじゃなくPTA役員とかもあるので忙しいと言ってしまえばそうなんですけど。


【経歴紹介】

 2003年 店舗責任者

 2005年 結婚

 2008年 出産

 2008年 「ママとシネマ実行委員会」に参加※2010年代表就任

 2009年 「新田mama*cafe」の立ち上げ

 2013年 「せんだい防災プロジェクトチーム」発足(ファシリテーター)

 2015年 東北学院大学 履修プログラム「地域コーディネートスキルプログラム」修了

 2015年 防災士取得

 2015年 「新田宿題サロン」立ち上げ

 2016年 ノルウェー基金事業「復興を支える女性リーダー ノルウェー視察団」

 2016年 一般社団法人ワカツクへ転職


◆お忙しい日々を過ごされていますが、ご家族は協力的ですか??


うちの主人は協力的というか、理解している、というスタンスですね。我慢しながらも理解はしている、みたいな。家事は手伝っているつもりみたいです。

”手伝う”ってなっちゃうと、私たち母親は「やらなきゃいけない。でもやれない」で苦しみますよね。パパたちは「やれなかった。やれたらスゴい」で済んじゃうし。でも”分担”だったら、やらなきゃいけないことをお互いに持つということだと思うんです。


私も保育所の6年間は、忙しくても自分で送り迎えをし、仕事が終わらないときは迎えにいってから仕事に戻ったりしていて。ぐっと我慢していたんです(笑)

子どもが1歳半だったときに朝コップが割れて手首が切れて、血が結構流れて、子どももいるし、どうしよう・・・って思っていたら、主人が「時間ないから仕事行くね」って。

そのときに何かがすーっとなって(笑)

いつか反撃しようって思って、小学校に入学して実行しました(笑)

「私はこれから朝起きません。今日からよろしくお願いします」って宣言して。

主人は3日で悲鳴あげていましたけど、今では、9割くらい朝は主人の仕事です(笑)

◆出産後、お仕事の状況に変化はありましたか?


出産してから大分進化しました(笑)


結婚・出産前から月1の全体ミーティングにお子さん同伴を許可したり、働き方の見直しを月ごとに1人1人話し合ったり、学生と同じように主婦の方々も働きやすいように考えてはきましたが、自分自身の事となると別問題。

やっぱり今までみたいに自分だけに時間を使うことができなくなりましたし、仕事の仕方を変えざるを得なかったの仕事を分配するための仕事っていうのに力をいれるようになりました。 育成や事前準備に時間を使ってみたり。


それと、仕事が終わらないときは、子供も店舗につれていってアルバイトの子に子守してもらっていました。でも、それはその子が提出期限をまもらなかったために、私の仕事が終わらなかったときだけですけど。身をもってわかってもらわないと、子供がいて働くということは、学生にとってはみんなやれているんだ、っていうくらいの無意識な感覚なので。あえて連れてくるようにしていました。


ショッピングセンターの店舗の時はその中で散歩したり、周りのお店の方も私の子どもだと分かってくれていたのでお団子くれたり、いろいろしてくれて、その中で育てられました。

自分の子供の顔を覚えてもらえるとなにかと安心ですし助かりました。というか、そういう風にしむけました(笑)


店に子どもを連れてくることも前代未聞でしたし、当時は産休・育休をとって復帰するってこともまだめずらしかったですね。

でも、わたしがとらなかったらこのあとの子たちはとれないな、って思っていていたので。

今では、社会保険のあるアルバイトの子もとれるようになったので良かったですね。


◆出産後様々な活動をされていますが、どのようなきっかけがあったのか教えてください。


【2009年 新田mama*cafe 立ち上げ】

当時、新田に児童館が一つもなくて遊ぶっていっても近くにお店もないし、のびすくも遠いし、地域の中に何かないかな~って思っていた、というのと転勤族も多く、地域の人とのつながりが薄いと思ったのがきっかけですね。

近所にコミュニティセンターがあったので、管理人さんに相談したら老人優先に貸しているし、貸したことないからダメと最初は断られまして(笑)何回か交渉しても、和室は障子破られるからダメ、と言われてしまいました。

そこで何よりも管理人さんに訴えたのは”ここじゃないとダメなんです。”っていうことですね。

ここでお母さんと子供の顔を地域の人に覚えてもらうことによって安心するし、子供の安全ってそういうところから守られていくんです。私たちも地域の方の顔を知りたいし。

だから、ここじゃないとダメなんです!ということを理解してもらって、時間はかかりましたが、実際、借りることができました。

今では管理人さんに「最近 借りないの?」って聞かれます(笑)

最初の頃は、襖とか障子をはずしてやっていましたが、実はそれも途中で止めました。

というのも、「ママとシネマ実行委員」をやっていて、”ママのモラル”っていう問題も考え始めていたので、公共の場を使うというママたちの教育にもなると考えて、あえて、襖も障子も外さず使いました。


他には昨年からは「宿題サロン」もやっています。

夏休み「も」ママ、イライラするんですよね。 宿題やっててね!と子どもに言っても帰ってきて確認したらやっていなくて。そうすると、宿題の丸付けが進まないんです!!それに、夏休みは毎日お弁当つくらなきゃないし。

「宿題サロン」は宿題と500円だけ持ってきてもらって、その500円はお弁当代分、あとはみんな宿題をやろうね~っていう子供の居場所づくりをしています。


【2013年 仙台防災プロジェクトチーム 立ち上げ】

東日本大震災では、店舗責任者として行動したことが会社でも評価されました。当たり前のことをしただけですけどね。


お店のこと以外には自分が知っている方々に片っ端からメールして、救援物資は指定避難所しか届かないので、できれば指定避難所に逃げてくださいね。などとお知らせしました。


震災の前年に2010年12月にジョイセフのホワイトリボンを東北に広める「To Mothersみちのく」のトークショーのゲストとして登壇をしてホワイトリボンでのつながりが出来たばかりだったので、その繋がりから関東の方に粉ミルクや哺乳瓶、衛生用品を送ってほしい、と呼びかけをお願いしました。

周りの人たちに「何でそんなこと分かるの?できるの?」とよく言われました。


お店の復旧も地域で1番早かったですね。

家族のこともあるけど仕事で”食”っていうものを扱う上ではやっぱり暖かいものを食べさせてあげたい。って、おこがましいんだけど、と思っていたので、会社の本部が震災の日の夜にすぐ動いてくれたことには本当に感謝しています。


でも、主人は石巻出身で色々ありまして、とにかく震災のことで自分自身が燃え尽きてしまったんです。

そんな燃え尽き症候群だった2013年に「いま、あなたの力を活かそう」という仙台市男女参画財団の女性視点による地域防災ワークショップに参加させてもらいました。

実は私、高校のときに阪神・淡路大震災直後のボランティアを行っていて、その後、地元で「高校生サミット」というディベートを企画したんです。

その中に阪神の震災を教訓にした「もし私たち高校生が避難所を運営することになったら」

というテーマも作って。

そういえば、このときの教訓を何も活かせてなかったな~って思っていたので、「いま、あなたのチカラを活かそう」というワークショップがあることを知ったときに、まさに今だ!と思いました。


その後は「せんだい防災プロジェクトチーム」も立ち上げ、国連防災世界会議にも出させていただいたので、防災士とっちゃおう!と思い、資格をとりました。

前日に仕事詰め込んで寝ないで行っちゃいましたけど・・・


【2015年 防災士取得後の活動について】

最近は、震災のときにまだ子供がいなかった人やそもそも仙台にいなかったっていう人が増えているので、”防災”っていうのを考えるっていうのは、”子供の命を守ること”だよ。だって、ママの願いって子供が元気に育つことだよね。その1つとして防災を知っておくとお得だよ。防災を家庭の中でやることはマネジメントにもなるんだよ。

というようなことを伝える活動をしています。


■仕事で忙しい中、本当にいろいろな活動されていますが、大変ではないですか?


やりたいと思ったアイデアを形にしたら、すぐ人に渡しちゃいます(笑)

もともとマネージャーですし、仕事はふっちゃいます。

マネージャーは自分が手を出すのは最終手段、やりたい人を出来る人に育て、出来る人を主役にしていくどうしようもなくて、回らなくてお客様に迷惑が掛かるか疲弊していたり助けを求められたら、出番みたいな。


本当は人の陰に隠れたいタイプなんです!

でも、この人なら付いていけるなと思える上司に出会って、その人に「人の傘にかくれてるんじゃねーよ」って言われて。あ、見抜かれているな。と(笑)

そこからですかね。

良くしていきたいと思ったら、自分が言わなきゃだめだ、って思ったのは。

これまでも使命感を持って行動してきていらっしゃいますが、今のご自分の使命は何だと考えていますか?


働く土壌を変えていく、ということだと思っていますね。

自分も仕事するうえでいろんな障害があって、全国転勤ができないから社員になれない、男女の違いで思うようにキャリアがつむことができない、などいろんなこととちょっとずつ戦ってきて、ジレンマがありました。

それを、今だけ我慢すればいいのよ、と処理されることに違和感があって。

みんなが我慢してきているなら、誰かがその連鎖を止めないと、自分の娘が私と同じことを経験して「お母さんもあなたと同じ歳のころ、そうだったのよ~」って言うのは、ちょっと違うなって。

だから、私がやらなきゃと思っていて、今の仕事はまさにその使命感でやっています。


■ママとしての眞野さんの次の目標は?


2年後は40歳になるので、毎朝ウォーキングするくらいの時間的な余裕がほしいですね。

そろそろ子どもも思春期にさしかかってくるので、そのときに自分の親力ってどうなんだろうと課題に思っていて。

アルバイトの子達には出来たことも、いざ自分の子どもには出来るのかって。

自分の娘の思春期に、気持ちの変化とか少しでも気づいてあげられるように時間的な余裕を作りたいです。


・・・実は後悔しているんです、最近。

なんであの時、子どもの後追いをかわいい~って思ってあげられなかったんだろう。腱鞘炎になって抱っこが辛いなんていわないでずっと抱っこしていればよかったな、って思います。今は、くっつくと「ママ暑い~」って言われちゃいますし。


これまでより子どもに時間をつくれるよう、生産性あげて生活をしていきたいな。と思っています。そのためにもノルウェーでの学び、刺激を忘れず伝えていけたらいいなと思います。「学び続けるのよ」というノルウェーでの女性たちの言葉を大事にしています。


働くママにアドバイスやメッセージをお願いします。


みなさん私よりうまくやっていると思いますが (笑)

一番は自分で無意識に役割を増やさないことですね。


母だから、妻だから、とかそういうものにみんな自分でどっぷりハマっているような気がしていて。”私じゃなきゃ”というものをいったん立ち止まって考える時間が必要なのかと。

忙しくてやる時間がないんじゃなくて忙しい中でも自分を見つめる時間を作れるかがママ力なのかな~と思いますし。


家庭のマネジメントもママにこそしてもらいたいですね。

例えば、いつも上に置いてあるお菓子を子供の手の届くところに置くだけで「ママとって」の作業は減ります。子どもには、お菓子を食べる「ルール」をしっかり教えてあげれば一石二鳥ですし。

洗濯だったら、畳んでしまうっていう作業をどうやったらパパが100%やってくれるかと動線を見直すことや、ちょっと考えるだけで、ママの仕事はすごく減りますよね。

家庭のマネジメントって、ママがずる賢く生きるためじゃなくてママが笑顔でいるために大事なことです。

常に笑顔なんて絶対無理だけど、ママが笑顔でいることが家族にとっての安心とか、元気につながりますし。

それに、本当にあなたじゃないとダメなの?といろいろふるいにかけていって、大事なポイントだけ押さえるようにすれば、みんなもっとやりたいことを仕事しながらでも叶えていけるようになるんじゃないかな~って思いますし、それを普通のこととして受け入れてもらえる職場、社会になるといいな~と思っています。

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